チップの要求


カトマンズで、2泊3日のチトワン国立公園サファリツアーに申し込んで、参加した。
このツアー自体は、事前に抱いていた期待が大きかったせいか、まぁまぁという感じだった。楽しみにしていたエレファント・ライディングも体験できたけれど、ラオスで象に一人乗りできた時の感動に比べると、今回は象使いが同乗していたのに加え、象の背中に取り付けられた箱に4人乗りだったせいか、振り落とされる心配は無かったけれど、ドキドキする楽しさは半減だった。

チトワンではバス停に到着すると、すぐにガイドが出迎えてくれた。彼がこの2泊3日を通して、わたし専属のガイドをしてくれた。以前はここを訪れる日本人の旅行者がとても多かったらしく、その時に耳で習い覚えたという彼の日本語は、片言ながらなかなか上手かった。

彼は「日本人が好きだ」と言っていた。彼がこれまでにガイドしてきた日本人の旅行者は、礼儀正しく優しい人が多かったらしい。これまでに出会った日本人の名前を何人も覚えていて、今でも友達だ、と。逆に最近増えてきている中国人旅行者のことは「うるさいから好きじゃない」と言っていた。

終始親切にガイドしてくれた彼にわたしはとても感謝していたので、「最終日には何かのお礼をしよう」と思った。チップという形になるだろうけれど、どのくらいの金額が適切だろうか…などと思いめぐらせていた。

2日目の夕方、前述のエレファントライディングの帰り道、彼のガイド仲間に偶然出会った。すごくフレンドリーで、わたしのガイドとも随分久しぶりの再会だったらしく「一緒に軽く飲もう」ということになり、屋台のテーブルについた。

この友人ガイドも「日本人が好きだ」と言っていた。彼は以前、日本人旅行者の彼女がいたらしい。「ヨーロピアンやアメリカ人とつき合ったこともあるけれども、日本人の彼女が親切で優しくて、一番良かった」「今でも彼女のことを思い出す」と、語っていた。
そんな話を聞きながら、ネパールウイスキーのコーラ割を小さいグラスで二杯ほどご馳走になった。空きっ腹で飲んだせいか、やがて猛烈な眠気が襲ってきた。
それほどお酒に強くないらしいわたしのガイドも酔いが回ってきたらしいので、「このあと一緒に夕食を」という友人ガイドの誘いを断って、ホテルに戻ることにした。わたしの足取りもかなり危なっかしかったけれども、随分ふらついて見えたガイドに、わたしは何度か「Are you ok?」と尋ねた。

何かおかしい感じになってきたのはこのあたりから。
彼は以前出会った日本人旅行者のカスミさんという人とわたしの顔が似ている、と言い出し、わたしの腕に自分の腕をからめてきた。
サーとほろ酔いが一気に引いて、冷静になるわたし。その腕を振り払って、既に真っ暗になっていた道を、ホテルに向かってずんずん歩き始めた。「暗くなったから近道で戻ろう」という彼の手を何度も振り払い、わたしは小走りになっていた。

わたしの態度の変化に気づいたガイドは、しきりに謝り、「僕のことを信じてほしい」と言い出した。そして終いには、自分のガイド歴を語り始め、日本語が話せるためにとても重宝されている、そんな自分のガイドを受けられるわたしはとてもラッキーだ、などと言い出した。そして、何か言いたいことや渡したいモノがあれば何でも受け入れる、という話まで!
それってチップの要求?
ついさっきまであんなに感謝していた気持ちは見事に消え失せ、わたしは早くホテルに戻って、一人になりたい気持ちでいっぱいだった。

結局、ホテルに戻ってレストランで夕食を食べている時も、翌朝の朝食時にも彼はやって来て、目を合わせないわたしに恐る恐る近づきながら、相変わらず「何か言っておくことはないか?」と何度も尋ねてきた。けれどもすっかり心が固くなったわたしは「意地でもチップを渡すか!」という気持ちで、「Thank you!」とだけ何度も答えた。

今考えると、2日目の夜の前まではとても良くしてくれて、わたしも感謝していたし、確かに優秀なサファリガイドではあったと思う。だからお礼の気持ちとしていくらか渡しても良かったのかもしれない。だとしても、わたしは最終日のお別れ間際に、お別れのあいさつと共にそっと渡したと思う。今回は酔っ払ってヘマをしてしまった彼だけれど、お酒を飲んでなくても、堂々とチップを要求してきただろうか? というのが、今でも疑問に思うこと。

そして、わたしの後に訪れた日本人旅行者に、いつのまにかわたしの名前も「お友達」の一人に加えて語っているとしたら憎たらしいな、と思う。