私的インド感

プリー1.アジア Asia

“インド感”とタイトルしたけれど、”南インド感”とした方が適切かもしれない。
なぜなら約2か月のインド滞在のうち、1ヶ月半を過ごしたのが南インド。つまりインド人に対してわたしが抱いた印象のほとんどは、南インドでの体験に基づくものだから。
北インドのことはよくわからないけれど、なにかと南北が対比されるところからすると、おそらくかなり違う部分があるのだと思う。だから今回わたしがインドに対して持った印象は、もしかすると北インドにはあてはまりにくい部分があるかもしれない。

インドに来る前、わたしはインドが怖くて怖くてしょうがなかった。
誰に強制されてる訳でもないんだから、だったら行かなきゃいいのに、と言われそうだけれど、今この旅で行っておかないと、今後行く気になるのが難しいような気がしたのだ。だからバンコクで散々くすぶったあと、10月半ば、ようやくコルカタ空港へ降り立った。

ここ最近、インドで女性が複数の男たちに襲われるニュースがよく取り沙汰されていたので、極端な話だけれども「インドではちょっとでも気を抜くとレイプされる危険性があるんじゃないか…」とかなり真剣に思っていた。来た当初のわたしは相当ビクビクしながら過ごしていたので、この初めの時期に、少しでも危ない目にあったり、ひどくボラれたりしていたら「やっぱり!」とインドを大嫌いになって、スリランカ辺りに逃げ出していたに違いない。
ところがコルカタに着いた初日にすごく親切な親子に助けてもらったことがあって、その時、「なんだ、良い人だっているじゃない…」と少しだけ力が抜けた。警戒心は大切だけれども、ちょっと色メガネを外してみよう、という気になった。

よく「インド人は嘘つきばかり」という話を聞くけれど、当然ながら「全国民の大部分が嘘つき」なんてことはあり得ない。
12億人以上もいれば、そりゃあ母数が大きい分、ほぼ十分の一の人口の日本に比べて、”嘘つき”の絶対数は多いかもしれない。でも、嘘つきでは無い”普通の人”も沢山いるし、”親切な人”も沢山いるのが現実だ。つまり当たり前のことだけれども、いろんなタイプの人間がいて、すべての層が厚い。それがインドだ。

前述の「嘘つきばかり説」がまかり通っているのは、残念ながら、旅行者が多く訪れるような観光地ほど、旅行者相手のサギやぼったくりが多発しているからだと思う。まあ、これはインドに限ったことではないけれど。特に日本人が多く訪れるバラナシには、日本語がペラペラで「日本に住んでいたことがある」と言って、日本のことにやたらと詳しいインド人によるサギが横行しているらしい。
大都市や観光地ばかり訪れた人は、自然、そういうサギ師との遭遇率も高くなり、嫌な思い出が大きな幅を占めて、「インド人はみんな〇〇〇」という結論に陥りがちなのかもしれない。
おそらく田舎に行けば行くほど、ツーリストからお金を絞り出そうという野心を抱く人の割合は減ってきて、普通に、時には普通以上に親切に、接してくれる人が増えてくると思う。
インドでの長距離移動はいつも列車かバスだったけれど、あきらかに外国人のわたしが、不安げにうろうろキョロキョロしていると、バス停に居た人、ホームに居た人、相席になった人、運転手さんまで、実に色んな人がよく助けてくれた。 今思い出しても、感謝の気持ちでほっこりしてくる。

わたしが長く過ごした南インドのケララ州アレッピーは、バックウォーターで有名な観光地で、ツーリストが沢山いたけれど、幸運にも「ぼったくられた」と思った経験や、危ない目にあったこと一は度も無く、陽気で親切な人たちとの出会いに恵まれた。
南インドは北インドに比べて安全だ、という話はよく聞いた。特にここケララ州は、インドの中で識字率が最も高く、ケララの人達はそれをとても誇りに感じているようだった。教育・教養が安全の十分条件では無いにせよ、少なくとも外国人がだまされたりボラレたりすることなく(その可能性が低く)、気持ちよく過ごす環境ための必要条件ではあると思う。

12億人以上もの人口を抱えていて、数十種類もの言語があり、地域によって宗教の構成比も異なり、各地に独自の文化が根づいている、様々な顔を持つインド。
そういえば、親しくなったインド人や親切にしてくれたインド人から、「よその土地に行ったら十分に気をつけるんだよ。気軽にインド人を信用しちゃだめだ、こことは違うんだから」と何度か言われたのが、印象的だった。

今回初めて訪れたインドは、幸いにもわたしの予想を大きく裏切ってくれて、陽気で愉快な所だった。けれど、もっと時間をかけて違う土地を訪れていたら、きっと嫌な思いをしたり、もしかすると、危険な目に合うこともあったかもしれない。様々な顔を持つインド。ひとくちで「インド人はみんな〇〇〇」だなんて言うことは、到底できない。

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