アンデスの秘湯で旅の満一年を迎えた話-2

3.南アメリカ SouthAmerica

ここは、アンデス山脈の5,000m級の山々に囲まれたラ・ラヤ峠にほど近い小さな温泉。

普通に考えると、こんな高所で熱いお湯につかるのは、あまり身体に良いことではない。でも、既にクスコ(標高3,600m)に数日滞在していたわたしは「高所順応は十分できているはず!」と踏んで、せっかく来た温泉をたっぷりと堪能する気満々だった。

ゲートのような建物を通り抜けると、すぐに露天風呂と、モウモウと湯気を上げている源泉が見えてきた。わたしが外国人だとわかると、どこからか「英語を話せる」というおじさんがやって来て、小さな小屋の中にある内風呂(家族風呂や個室風呂)の説明をしてくれた。
けれども、いったん露天風呂を目にしてしまったら、もうショボショボと小さな内風呂に収まる気にはなれず「水着でもイイから露天風呂!」と意気込んだ。

太陽が低い影を伸ばし始めた夕方のこの時間、まだ地元の人達が大勢にぎわっていて、家族連れのような姿を沢山見かけた。水着を着ている人から、Tシャツ&短パン姿の人、浮き輪や動物の浮き袋なんかにまたがっている子供たち、まるでプールか健康ランドのような光景。お風呂につかりながらビーチボールで遊んでいた男性グループから、勢いよく「Vamos!(come on!)」と声をかけられた。

「夜まで我慢できない! 入ってしまえ!」
初めは、どの露天風呂が良さそうかなと、偵察のつもりで見て回っていたけれど、わたしも水着に着替えて入ってしまおう! と決めた。

最初に入ったお風呂にいた母娘の親子。人なつっこい女の子が「セニョーラ! ☆●◆△×〇□?」と声をかけてくると、お母さんが「セニョリータでしょ!」と(おそらく)訂正。すると「セニョリータ、●□◆×◎△?」と言いかえて、一生懸命何かを話しかけてくる抱きしめたくなるような可愛さ。スペイン語なので、内容は全く理解できなかったけれど…。

次に入ったのは、一つだけ東屋のような屋根があって、雰囲気も抜群なのに誰も居ない露天風呂
実はこのお風呂の温度が一番高く、わたしにとってはちょうど良かったけれど、どうやらペルーの人達には熱すぎるようだった。ちょっとだけつかりに来る人はいても、みなすぐに引き上げてしまう。おかげで、ここをほぼ独り占めすることができた。

陽が沈むといっきに人の数は減って、それと同時に紺色空には満天の星空が広がった。

「一年の旅の汗を流すために、ここに来て本当に良かった」 心からそう思える時間だった。
この一年間の濃い時間、旅の途中で出会って一緒に時間を過ごした人達、あの時起こった色んな出来事…それが止めどなく頭の中を駆け巡って行った。「新たな二年目を」という思いと共に、目の前に広がる風景が、わたしの生まれ育った故郷の小さな町の温泉を思い起こさせて、じわりと郷愁に包まれたこの夜は露天風呂を転々としながら2時間半ほど堪能し、久々にすべすべに思える自分の肌がうれしかった。

翌朝も6時に起きて、朝風呂。
「今度こそ誰も居なければ裸で入りたい!」と勇んで行ったけれど、わたし以外にも早朝から入りに来ている人がチラホラ。リマから来たという老夫婦が、わたしのお気に入りの東屋風呂の隣で、仲良く並んでつかっている姿がほほえましかった。

この老夫婦とは帰りの乗合タクシーも一緒に。その時、奥さんの方が、わたしの冷えた手を握り「フリオ!(冷たい!)」と言って、優しくさすってくれたことが、忘れられない。日本に居る家族と大好きなおばあちゃんへの恋しさが一気に募って、涙が出そうになった。

峠の秘湯は、以前に比べると随分知られて、来る人も増えて来ているのかもしれない。結局わたしは、誰もいない時間に当たることがなく、裸で入ることはかなわなかった。まだまだ鄙びた雰囲気たっぷりだったけれども、もしかするとその内もっと整備されて、立派なキレイなホテルなんかもできたりして、外国人観光客でいっぱいになってしまうかもしれない。

そうなったら淋しいな。
ここは自慢したい場所だけど、誰にも知られたくないな、そう思った。

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